シェプロのはちみつコラム第8回は養蜂の生まれた土地「ヨーロッパの養蜂の歴史」についてご紹介します!
出典:http://www.swissinfo.ch/jpn/養蜂_ブンブンブン/29814528
寒い冬が続いています。
ミツバチも半ば眠りにつき、私たちも温かいお家でゆったり過ごしたいような季節です。
そのような時には、養蜂の遥かな歴史に思いを馳せるのはいかがでしょうか?
スペイン アラニア洞窟の壁画
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Cuevas_de_la_Araña_en_Bicorp
人類とミツバチの歴史がいつから始まったのか、正確な時は未だに分かっていません。わずかに残る人類の痕跡をたどると、一番古くは、今から15,000年程前。スペインのアラニア洞窟に、私たちの祖先がミツバチの巣からハチミツを採集する様子が描かれています。
壁画からはその他にも、人類が煙を使ってミツバチを不活性化させる方法が取られていたことが分かっています。既にミツバチの生態やハチミツの効能を知っていたということになります。(すごいですね!)
エジプトの養蜂の様子
出典:http://pcela.rs/Egyptian_Beekeeping_1.htm
「養蜂」というスタイルはいつくらいから始まったのでしょう?
今分かっているのは、紀元前3,000年(今から5,000年程前)のエジプト時代。壁画には養蜂の様子が描かれています。
エジプト時代には、ハチミツの持つ薬効や豊富な栄養について広く知られており、女王蜂が王座のシンボルになっていた程です。
驚いたことに、トトメス3世やラムセス3世の時代には、ハチミツ入りのパンも作られていたそうです!
(現在の私たちの食べているパンと同じですね♪)
エジプト、シナイ半島、アラビア半島などで発展した養蜂は、その後、古代ギリシャやローマへと引き継がれていきます。
ポッパエア・サビナ 出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/ポッパエア・サビナ |
ローマ皇帝ネロ 出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/ネロ |
紀元前450年頃の古代ギリシャやローマでは、ハチミツはどのような存在だったのでしょうか?
古代ギリシャでは、人類にハチミツを与えたのは、神アリスタイオスだと言われています。
神々の霊薬とされていたのです。
古代ローマでは、皇帝ネロの妻、美貌のポッパエアが、ハチミツで肌、髪をパックし、ハチミツ入ローションで、お肌のお手入れをしていたことが知られています。
また、ローマの医師アンドロマコスはハチミツを使った薬「テリアカ」を考案し、感染症の治療に用いていました。「テリアカ」の存在は、シルクロードを経由して日本にも伝えらました。
ハチミツ、大活躍ですね♪
出典:http://apiculture-populaire.com/ruche-langstroth.html
ヨーロッパ全土に広まっていった養蜂。時の経過と共に、様々な工夫はされてきましたが、画期的な発見は長くありませんでした。
巣箱はずっと、土や粘土、わらや草を編んで作ったもの。
そして、はちみつを採取するときは、養蜂箱のミツバチに煙をかけて追い出すか、ミツバチを犠牲にするしかありませんでした。
それでも、大航海時代などを通じてヨーロッパから世界各地に養蜂が広がっていきました。
長い養蜂の歴史の中で、近現代の養蜂へ通じる画期的な発見は、19世紀のアメリカで起こりました。
ロレンゾ・ラングストロス牧師が、ミツバチの習性を生かした巣箱を考案。現代養蜂の土台となる形態が生まれたのです。
この方法はヨーロッパにも伝わり、ミツバチを生かす養蜂が世界に広がっていきました。
現代の養蜂では、よりハチミツの純度や鮮度、質を高めるため、1865年にオーストリアのフルシュカによって考案された遠心分離機が使われています。
この遠心分離器よって、巣を壊すことなく、ミツバチの負担を更に少なくしてハチミツを採取できるようになりました。
今日の私たちは昔の皇帝や女王よりも質の高いおいしいハチミツを味わうことができるのです。
こんなにも深く人類の歴史とミツバチが関わっていたとは、驚きですよね。
1万年以上も発展しながら続いてきたということは、それだけハチミツが私たちの身体にとって良い食べ物だという証拠ではないでしょうか?
今日も自然の恵みに感謝をしながら、ひとさじのハチミツを頂く生活を送っています――。
仕事:
河原町二条「シェプロ」にて、日々体と心が喜ぶfoodについて勉強しています
趣味:
カフェ巡り。読書。
好きな作家:
アガサ・クリスティ/アーシュラ・K・ル=グウィン
投稿日:2016.01.14